綴るのが好きな一人の人間の独り言。ジャンルはありません。

忍びの国から学んだこと No.1

主観的な意見になりますがこの作品は大きく、単純に観れば「人間」と「人間」の戦いの物語の様ですが「人間」と言っても人間が最も誇るべきものである「心」をもつ「人間」とそれが欠けてしまった「人間」の生き方の違いを描いたスケールの大きなものの様に思えました。

戦国エンターテインメントという一言の中には壮大な暗示が沢山隠されていたんだとようやく気付きました。

もちろんその心をもつ「人間」の代表は織田軍の織田信雄、日置大膳、長野左京亮、北畠家の北畠具教、北畠凛、その他多数の兵士達、そして安芸の武将の娘「お国」だと思います。

織田信雄は涙を浮かべ、そして流し今まで殿という名の陰に引っかかっていた思いを叫ぶ場面がありました。

元の主を討った大膳も「弱きものをなぶるがごとき振る舞いを俺は二度とはせん」など感情を露わにしていました。戦国の世においても人が死ぬ事を重く受け止める本来普通とされる人間の心が彼らにはありました。

忍びの方に視点を変えると一見、忍者なんだからと思い何も不信感を覚えず、むしろ「下山平兵衛」に対して不信感を覚えるかもしれません。けれど、改めて考えて見るとなんとも平兵衛が不憫でならないです。

「下山平兵衛」は無門と対等な力をもっていながらその力をむやみにひけらかすことなく生きてきたんだと思います。多少なりとも忍びの国「伊賀」に不信感を抱いていてもそれが当たり前だと信じ怒りを顕にすること無く生きていたんだと思っています。その不信感を確かな怒りに変えたのが無門と次郎兵衛(満島真之介)の川だったと思います。次郎兵衛は平兵衛と性格が違い血気盛んで戦を好む人柄だったけれど憎めず愛おしいたった1人の大切な「弟」だったのだと思います。

その最愛の弟を、実の父の進言で殺しも厭わぬ下忍に殺された時平兵衛の眠っていた思いが確かな怒りに変わったのだと思います。

生まれ育った国を滅ぼしてほしいと願う平兵衛の気持ちは、父を殺された北畠凛(平祐奈)の命をかけた願いと似たものなのではないかなと思いました。

最大の見所である無門と平兵衛の川はいつになるか分かりませんがその場面だけをじっくり思い出しながらまた書きたいなと思います。

一般的に無門の心を変え、無門に愛を教えたのは「お国」だという意見が多いように思えます。もちろんそうだと思うけれど、「下山平兵衛」がいなければ無門は一生、殺しも厭わぬ人でなしだったと思います。

無門という一人の人物において平兵衛は欠かせない存在であったと思います。

平兵衛には忍びの国ではなく尋常の世で力を使い侍や武士でいて欲しかったなと思ったりもしましたが忍びの国に生まれ少なくとも一人の心は変えられたという事においていてくれて良かったなという意見に落ち着きました。

今日は無門の話よりも平兵衛の話がメインでしたが書きたかった漠然とした思いをなんとなくまとめられたので良かったです。

読んでくれてありがとうございました🙇🏻

言いたいことが多すぎて終わりが見えません。